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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)190号 決定

抗告人 岩村顕治

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりであつて、

これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

抗告理由第一点について。

競売法による競売手続において法定の不許の原因のないときは最高価競買人に対して競落を許可すべきことはまことに所論のとおりである。しかしながら、それがためには競売手続が公正に行われたことを前提とするのであつて、もしこの公正が害せられたときは、たとい外観上は最高価競買人であつたとしてもその者はもはや競落人たるべき資格、能力を有しないものというべく、裁判所は、競売法第三十二条により準用せられる民事訴訟法第六百七十二条第二号に該当するものとしてその申出による競落を許すことができないのである。このことは、競売は目的不動産を適正に換価してその売得金をもつて被担保債権の弁済にあてることを目的とする制度であつて、一般多数競買人がその自由なる意思をもつて競買に参加し競買申出をなすことを本質とすること、従つて偽計または威力をもつて競売の公正がさまたげられたり、またはいわゆる談合に基いて競売申出がなされたりしたような場合には、その手続はすべて無効とすべく、右手続における最高価競買人は適法な最高価競買人として取り扱うことができないこと、さらに再競売手続において前の競落人が競買に加わり最高価競買価額の申出をした場合は固より、最高価競買価額の申出をした者が真に競落代金を納付して競落をする意思がないのにかかわらず競買の申出をしたことが裁判所に明らかになつたときは、その者は、競落人たるべき資格、能力を有しないものとして取り扱うを相当とすること

(大審院昭和三年十一月一日言渡判決、刑集七巻七一九頁参照)に徴し自ら了解がゆくであろう。

されば原判定は、決して抗告人のいうように、法律に基かないで漫然競落を許さなかつたものということはできない。

抗告理由第二点について。

原決定は、抗告人は、本件競売手続において最高価金二十六万円の競買申出をしたけれども、その申出は競売手続の公正をみだすものであると認められるから、右申出に基く競落を許可しない、となしたのであつて、その理由は簡にすぎ必ずしも十分とはいうことができないけれども、これをもつて全然理由をかいているということができないので、抗告人の右抗告理由は理由がない。

抗告理由第三点について。

原決定は、抗告人は、過去の競売事件の記録に徴し、競売手続の公正をみだすものである、と認め、そのとおり判示したのであつて、固よりその証拠資料、理由の説明は詳細であるにこしたことはないが、それだからといつて漫然証拠に基かずして事実を認定したものということもできない。もし抗告人においてこれを不当とするならばよろしく反証を提出し、抗告裁判所としても原裁判所の事実認定に確信をもつことができなければ独自の立場においてさらに証拠をあつめればよいのである。所論はこのことをわきまえない議論で到底採用することができない。

抗告理由第四点について。

抗告人は、断じて過去において競売手続の公正をみだしたことはない、という。しかしながら競売裁判所は過去の競売事件の記録に徴し右事実を認定したのであつて、意見書添附の第一表、第二表によれば、かかる認定をなすことができないものでもない。しかるに抗告人は右認定をくつがえすに足る証拠は何一つ提出していないので、当裁判所としても右原審の認定を正当とするのほかない。

つぎに、公正をみだす故をもつて不許可決定をするがためには、現に本件手続で公正をみだした事実がなければならないことはまことに所論のとおりであるが、原審は抗告人の過去の競売事件における行動から推して本件手続においてもかかる事実があつたと認定したのであつて、反証のない限りかかる推定、推論もまた不当でない。原審は、決して本件手続において抗告人に公正をみだす事実がないことが明白であるにかかわらず、独断をもつて抗告人を競売手続の公正をみだす人物であると認定し、かかる人物には競落を許さないとしたのでなく、従つて憲法第十四条第三十二条に反するものでない。

抗告理由第五点について。

不動産競売手続において、競売裁判所のなす競落許可決定は、最高価競買人に対し競売不動産の所有権を取得させる国家の公法上の処分で、私法上の売買の申込たる効力のある競買申出に対する承諾たる効力を生ずるものであつて、所論のように執行吏の最高価競買人の氏名とその価額の呼上げにより、物件所有者と最高価競買人との間に契約が成立し、競落許可決定は右契約の成立の合法的なることを確認するに止まるものではない。所論はひつ竟独自の見解にたち原決定を批難するものでとるに足らない。

抗告理由第六点について。

不動産競売手続においていわゆる競売ブローカーまたは競売場ゴロなる者がばつこし、盛に競売手続の公正をみだり、不当に競売手続の遷延をはかり、目的物の価格の公正を害し、その間不当の利益をむさぼつていることは、当裁判所に顕著なところであつて、その防止は喫緊の要事であるとともに、その対策は慎重なるを要すべく、いたずらにその防止に急なるのあまり、正当なる国民の権利を害し角を矯めて牛を殺すの愚をしないよう注意しなければならないのである。ところで、抗告人は、原裁判所の作成にかかる競売場の繁く出入するいわゆる競売業者リストに登載せられたため、全然競売手続から排除せられ、その申出に基いては競落を許されないのである、という。しかしながら、本件において原審が抗告人の競買申出に対し競落を許可しなかつたのは、前説示のとおりであつて、所論のとおりたんに競売業者リストに登載されていたためというのでなく、本件競売手続において抗告人はその公正をみだしたと認めたが故である。従つて原審の措置は決して憲法第二十二条、第二十七条に違反するものでなく、抗告人の抗告理由は理由がない。

その他記録を精査するも原決定取消の事由となすに足る違法の点を発見することができないので、抗告人の抗告を理由なしとし、主文のとおり決定した。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 沖野威)

(別紙)抗告理由書

第一点原審は競落不許可決定書に於て「抗告人は最高価競売申出を為したが、抗告人は過去の競売事件の記録に徴し競売手続の公正をみだすものであると認められるから競落を許可しない」と説明して、抗告人に対し競落不許可の決定を為した。然しながら競売法三二条により準用せられる民訴六八一条に依れば、民訴に競落不許の原因なきときに限り競落不許可決定に対し抗告を為し得とあり、すなわち之を逆に言えば競落不許可原因なき限り競売裁判所は競落許可決定を為すべき趣旨であることは右条文上明瞭である。然るに原裁判所のいう「過去の競売事件の記録に徴し競売手続の公正をみだすものである」事実は、民訴六七二条六七四条その他民訴の競落不許可事由の孰れにも該当しない。されば原決定は法律に基かずして競落を許さざる違法の決定である。」

第二点原決定は前記の如く「抗告人は過去の競売事件の記録に徴し競売手続の公正をみだすものであると認める」の故を以て競落不許可の決定を為した。併しいうところの競売手続の公正をみだすものであるとは如何なる行為を為したことを意味するのか。抽象的であつて了解に苦しまざるを得ない。決定にはその性質に反せざる限り判決に関する規定が準用されるのであるから(民訴二〇七)、原決定に於ては須らく抗告人が如何なる行為をなして競売手続の公正をみだしたかを明示すべきである。恰かも原告の請求は公序良俗に反するを以て棄却すとあるのみで公序良俗に反する具体的事実を何等判示せざる裁判か審理不尽、理由不備の違法ある裁判なると等しく、原決定は、結局理由不備審理不尽の違法ある裁判である。

第三点原決定は前記の如く「抗告人は過去の競売事件の記録に徴し、競売手続の公正をみだすものであると認める」と説示して本件競落不許可の決定を為したるも、抗告人が過去に於て競売手続の公正をみだしたる事実を立証する過去の記録なるものを挙示するところなく、原決定は全く証拠に基かざる独断である。決定には、判決と同様なる証拠理由を詳説する要なしとしても、その決定を担保する事由、関係人をして首肯せしむべき資料が尠くともその記録中に在りて、当事者が調査によりその決定を納得しなければならない。

唯、漫然と過去の記録に徴し、公売手続の公正を紊したとか、または、これこれしかじかの理由があるとかいうのみで、何等の証拠も疎明資料も挙示せず、又一件記録中に之に具備せしめずして、一方的に抗告人は公売手続の公正を紊すから競落を許さないと宣託することは、問答無用切捨御免の封建中世の専制裁判に類する不当の決定といわなければならない。すなわち原決定は現代訴訟手続のルールに反し証拠に基かずして漫然為されたる理由不備の不当の決定である。」

第四点原決定は、前記の如く「過去の競売事件の記録に徴し競売手続の公正をみだすものであると認める」の故を以て、抗告人の最高価競売申出に基く競落を許さなかつた。しかしながら抗告人は、断じて過去に於て競売手続の公正を紊したことはない。が、若し紊したことのありしとせば、それぞれその具体的事実を調査し、法に遵拠してその取締、処分をせらるべきである。漫然、御前は秩序を紊す男だから許可をせぬ。御前は悪い人間だから罰するぞといつた風の何等具体的事実も証拠も示さずして為された決定には断じて承服できない。抗告人にして若し談合行為を為したりとせば、刑法の規定(九十六条ノ三の二項)により罰せられるべく、また抗告人にして真に競落の意思なくして競落し、その競売代金の払込を為さずして再競売に導く等の方法で手続の延期をはかり、以て競売手続を妨げたることの若しありしとせば宣しく詐欺罪により之を処罰せらるべく、若し競売に関し暴行、強迫等の不法を為したりとせば、それぞれの刑罰法によつて処分せらるべきである。若しかかる事跡が抗告人の過去にありて、手続の公正を紊したことのありしとせば、抗告人は法治国民として甘んじてその罪に服して悔ゆるなきものである。然るに抗告人は嘗てかかる処罰も、取締も受けたことのないのは、抗告人が競売手続の公正を過去に紊したことのないことを物語るともいい得る。そしてまた仮りに競売手続の公正を過去に於て紊したことがあつたにしても、本件に於て紊す行為の現に無い限り、濫りにその競落を制限すべきでない。人が或る取引につきしかじかの事実があつたからとて、他の取引に同一の事実ありと断ずべからざるは勿論である。過去の競売事件に於て公正を紊す事実が仮りにあつたからとて、本件競売も公正を紊すと予断すべきではない。過去の事実のみでは本件を律するに足りない。公正を紊すゆゑを以て不許可決定をする為には現に本件手続で公正を紊した事実がなければならない。然るに抗告人は本件記録上明らかな如く、正当に最高価競売の申出を為し、之を買受け競落せんとする以外何等他意はないのであつて本件に於ては毫も競売手続の公正を紊してはいない。本件記録を査閲するも何等その片鱗も窺われない。されば原裁判所が独断を以て、抗告人を競売手続の公正を紊す人物と認定し、かかる人物には競落を許さずと決したことは人により法の適用を異にするものであつて、すべて国民は法の下に平等たる憲法一四条に背反するものたると同時に、憲法三二条の保障する公正なる裁判を受ける国民の権利を奪うものである。若し原審の如き措置が許さるべきものとせば、こん後裁判所は、過去の記録に徴し高利貸と認めらるるのゆえを以て、何等の証拠を示すことなくしてその請求を棄却し得ることになり、一度高利貸と裁判所で認めらるるのゆゑを以て、何等の証拠を示すことなくしてその請求を棄却し得ることになり、一度高利貸と裁判所で認められるときは、その者は永久に訴権を失う結果となり恐るべき司法フアシヨ時代を現出し得ることが憂えられる。されば原決定は現代文化国家の根本原則とする法治主義を超越して法に拠らざる裁判を為せる不法あるとともに、前記憲法の精神に違反する違法の裁判である。

第五点凡そ不動産の競売にあつては、競売公告で総ての条件を定めるから(民訴六五八)その公告は私法上売買の申込に該当し、競買人の執行吏に対する競買申出は売買の承諾である。そして各個の競売申出は、他より高価の申出のない限り、各自独立して契約を成立せしめるゆゑ、競買の申出は契約に於ける承諾と見なければならない。けれども更により高い競買申出あるときは、契約は成立しないから、各個の競買は更に高価な競買の申出のないことを停止条件とする承諾であり、執行吏の競売終局の告知は、誰が最高価で誰との間に売買契約が成立したかを確定して通知するものであり(民訴六六六条第一項)、裁判所の競落許可決定(民訴六七七条)は契約の成立が合法的なることを確定するものである。結局裁判所の競売は、強制の一点を除いては、普通の売買と同一であることは強制競売に関する規定が民法の売買に関する規定中に在ること(民五六八)に徴し明白である。再言せば裁判上の競売に於ては、執行吏がある競落人を最高価競買人と告知することにより売買契約の成立は確定するのであつて、裁判所の競落許可決定は契約成立が合法的なることを確認するに止まるものである。されば原裁判所の如く競売手続の公正をみだす故を以て一たん成立したる売買契約を法に基かずして濫りに競落不許可決定を為すことは、契約の自由を妨げ、且つ契約に基き成立せる財産権を不当に侵害する違憲行為である。」

第六点原裁判所では不動産競売場に繁く出入する者のリストを作成し、かかる者を競売業者と看做し、いわゆる競売場出入者退治を実施せられおり、本件抗告人もそのリストに登載せられし一人なるがゆゑに、競売手続の公正をみだす者として不許可決定をされたものである。かかるリストが作成せられあることは原裁判所に於て顕著なる事実であつて、リスト被登載者と然らざる者とは載然その取扱いを異にせられているのである。然るにリストに載せられし者のうちには真にいわゆる競売場ゴロと認められる者もあるも、また善良なる競買人もある。本抗告人は数年前郷里岐阜県の岩村より子供の教育上の関係もあつて出京し、競売物件は市価より概ね安いと聞き、財産保有の為に、過去数年間に数回競買したことがあるに過ぎずして、競売場に出入するブローカーでは固よりない。本件に於ては競売公告に特に競売人を制限する旨の記載もなかつたので、当然最高価競買申込者には競落せられるものと信じて競買申出を為し、所定の保証金を上納したものである。随つてその当然の経過として法に遵つて競落を許可さるべき筋合である。然るに若し原裁判所が、抗告人を悪ブローカーにして競売の公正を紊す者としてリストに登載し、競落を許可せざりしものとせば、事実を完全に調査せず、証拠に拠らざる独断たるとともに、競売手続の公正を紊した事実無きに紊したものと誤認せる不法がある。若し原裁判所が、単にその競売の回数からして競売業者であるから許さないものとすれば、玄人素人を問わず広く買受希望者を求めてせり上げることを本旨とする競売制度の目的に反する。由来、執行裁判所による競落物件には通常の売買に比し、瑕疵、迫奪借地権の不安定等のいわくのついた物件が多い。愈々進退きわまつて債務者は競売されるのであるから、地代の延滞により借地契約の解除されおるのが普通であるのは勿論、債務者としてはあらゆる劃策――債権者に対する権利妨害等を施して後、万策つきて競売になるものであるから、物件にいわくの多いのはその性質上当然である。それゆえある程度競売に関する法律上並に事実上の知識経験を有するに非ざれ競売場に近附きにくい実状にある。ここに於てか、競売場に出入することを業とする者が生ずるのであるが、競売の目的からいわば前記の如く種々なる買手が素人も玄人も大勢来つて自由に競買申出を為してせり上げるのが理想である。業者だから排斥する、過去に数回競買した者だからリストに載せて買わせない。ということにしたのでは、却つて値段が下落し、買手が無き為め自然手続がなが引き、債権者にとつても迷惑である。

加之有真の悪ブローカーは原審の施策を利用し、自己がリストに載せられおることを奇貨措くべしとして競落人となり、競落不許可の決定を得て再競売に導き、手続の延期、債権実行の妨害を試みる者もあると聞いている。普通ならば競落しても払込しないときは損害賠償等の危険を負担するけれども、リストに載れる為め当然不許可になり、免疫されたる競落人として何等の危険なくして、安んじて手続の延期を策する者も出て来る由である。又リストに載れる者は他人名義を利用して競買することによつて容易に原裁判所の施策を潜脱し得る為め、原裁判所の競売場出入者退治の方策なるものは有効なる施策ではない。然るに前述の如く裁判上の競売に専問的知識経験を必要とし、自然発生的に業者が生れ、かかる業務を特に法律が禁ぜざる以上、かかる営業も適法な業務といわなければならない。それゆゑ原裁判所が過去の競売回数により業者と認め、業者なるがゆゑに之を許さないというのであれば、原裁判所の措置は競売業者の職業選択の自由権(憲法二二条)を侵害し、且勤労の権利(同法二七)等の国民の基本的人権を害する違憲行為である。あるいは、原裁判所としては、公共の福祉の為には、かかる業者の基本的人権は当然制限を受くるとの見解を採れるに非ざるやと思われるも、若し然りとせば之亦誤れるの甚だしきものである。

公共福祉の為に個人の権利を制限し得るとしても、それには特別の立法を必要とする。裁判官独自の意見を以て公共福祉のゆゑに個人の権利を何等の法の根拠無くして濫りに侵犯出来るものでない。特別の立法なくして公共の福祉に名を仮りて国民の基本的人権を侵犯することは不法といわざるを得ない。之を要するに原審裁判所が競売の公正を紊すものとして抗告人に競落を許さないことは、証拠に基かずして事実を誤認し、競売制度を設けた法の目的に違背せる等の違法あるとともに、憲法の保障する基本的人権を不法に侵害する違法の裁判である。

仍つて原裁判を破棄し、競落を抗告人に許す旨の御裁判をたまわらんことを冀う。

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